2020年5月6日水曜日

本来の父母だった神様の姿に似なければならないのです。

人間の生と霊魂の世界より
第一章人生の行くべき道

 皆さんの第一の父母は皆さんを生んでくれた父母ですが、第二の父母は地球です。皆さんは、体が大きくなるように、地からすべての要素の供給を受けます。地が体の第二の父母です。第二の父母を経て、第三の父母に入っていくことが死ぬことです。第三の父母の所に行く時は、そのまま入っていくのではありません。第三の父母の所に帰ろうと思えば、本来の父母だった神様の姿に似なければならないのです。

2020年5月5日火曜日

「人は何処へ行くのでしょうか。霊界に向かって行くのです。」人間の生と霊魂の世界より

第一章人生の行くべき道
②私たちはどこに進んでいるのか
 人は何処へ行くのでしょうか。霊界に向かって行くのです。霊界は海と同じです。いずれ行かなければならないのです。海にも流れがあるのと同様に、そこには造化の無双な変化があります。海には主流の流れを中心として、淡水にはない造化の存在たちがいます。海に数多くの魚族がいる様に、そこには数多くの新しい天地家庭がいます。同じです。あの世に行くようになっても同じです。(141-3061986.3.2)

2020年5月4日月曜日

「自分の性格の足りないところを埋めるためには、証を聞けというのです。これを聞いて、自分のものとして吸収するのです。補強しなければならなりません。それゆえ、多くの人の体験談を聞かなければなりません。人が言ったことを批判してはいけないというのです。」地上生活と霊界より

第七章 我々と霊人との関係
第五節 再臨復活と霊人協助
三 霊界と先祖
 自分の性格の足りないところを埋めるためには、証を聞けというのです。これを聞いて、自分のものとして吸収するのです。補強しなければならなりません。それゆえ、多くの人の体験談を聞かなければなりません。人が言ったことを批判してはいけないというのです。批判するのはサタン側になるか、天の側になるか、二つのうちの一つを決定するということを意味するのです。
  批判した時は、サタン側になるか、天の側になるか、二つのうちに一つに分かれてしまうのです。それゆえに、批判することは、自分が発展するにおいてのがんなのです。サタン側になった者が、神側に行くことができず、神側になった者が、サタン側に行くことはできないのです。我々人間生活において行くところにには、直行は絶対できません。じぐざぐに行くのです。
  先祖も善の先祖だけいるのではなく、悪い先祖たちも全部関係しています。自分自体が素性的に見るとき、善の先祖の素性をたくさんもっているときはこのように行きますが、悪の先祖の素性を受けた部分もあります。自分の人生においてそのような時が来ます。そういうときは、必ずこのようにするようになります。批判すれば大変なことになるのです。それゆえ、「判断するな」という言葉も、みなそのような道理から出てくる言葉です。(76・139,1975.2.2)

 真の愛をもてば、神様が宴会をするその場にいつでも同参することができます。時間と空間を超越するために、霊界に数千の先祖たちがいても、一目でみな見るのです。これを管理して、超越するのは、真の愛の心をもった人だけが可能なのです。
神様の相続権を受け得る特権を得ることができる道は、愛の道にだけあるのです。真の愛をもった人が、自分の体をかすめて通り過ぎても、全部喜ぶのであって、反抗しないのです。全部が歓迎するのです。あの世がそのようになっているために、ここでそのような訓練を受けなければならないのです。
 先生がこのようなことを教えてあげるのは、天の世界に行くことができる人、天の世界で呼吸することができ、拍子を合わせることができる人をつくるためです。それでこそ踊りを踊る場で、踊れるのです。そうでなくては、拍子が合わないのです。先生ももう霊界に行くべきではないですか。先生の後ろには、サタンがついて来れないのです。(147・116,1986.8.31)

2020年5月3日日曜日

み言『堕落とは何かというと、み言と実体と心情の因縁が離れていったのです。 ですから、皆さんがみ言を知って、み言を実践しなければなりません。 み言を実践するには、父母の心情を備えて動いていかなければなりません。 蕩減復帰をすることができる実体的な行動を経た者となって、初めて祝福してあげることができます。』地上生活と霊界より

第六章 我々と霊界入籍
第三節 霊界入籍

 四 入籍の条件
   堕落とは何かというと、み言と実体と心情の因縁が離れていったのです。
ですから、皆さんがみ言を知って、み言を実践しなければなりません。
み言を実践するには、父母の心情を備えて動いていかなければなりません。
蕩減復帰をすることができる実体的な行動を経た者となって、初めて祝福してあげることができます。
口先だけではいけません。
こうして、天の一族、言い換えれば、この国の生命体になるのです。
  我々の生命現象において、霊形体と生命体と生霊体があります。これらは霊界の反応的な現象なので、この世で霊形体、生命体、生霊体と同様の因縁を経るのです。
生霊体になればそこに入籍して、自分の位置を見つけて入るのが復帰の路程です。ですから今からは、皆さんが入籍するのです。
 もしそのようにつながって入籍される場合には、皆さんがいくら過って、いくら失敗をしたとしても、サタン世界で立てた法をもっては、処理できないようになります。アメリカ人たちを韓国の国法をもって処理することができますか。国籍が違うからできません。  そのような圏内に入れば、その圏内の法だけが適用されるようになります。ですから、サタン世界の法は、いったん越えさえすれば、いくらどのようにしても適用されないのです。
サタン世界の法が適用されないのですから、結局はこの世の法をもってしてはいけないということです。
ですから、地獄には行かないようになるのです。
  人は一度生まれたなら、一度は死ななければならないのです。
それは公式です。では、死んでからどこに行くのですか。
統一教会員は、霊人体があるということを知っています。その霊人体は、育たなければならないのです。
  これから、皆さんに問題となることとは何かというと、時が来れば、全体が自分の自叙伝を書かなければならないのです。
統一教会に入ってきて何をしたか、その記録の内容が何かというのです。ここにおいて、どこかの会社に就職して生活したといった内容は、何の条件にもならないのです。
かえって、統一教会に入って会社にいたという事実は、恥ずかしいことです。今に、そういう時が来ます。
  これから、入籍が始まります。南北が統一されれば、入籍をしなければなりません。宗族的メシヤという言葉が問題なのではありません。その内容と事実が問題なのです。そのようなすべてのみ言の内容が、今後自分が永遠の道を行くための蕩減条件になるのです。
あの世に行って、皆さんがその道を行くために、心で体恤しながらどれほど努力したか、努力だけでなく実績をどれほど残したかということが問題になるのです。
  救いの道というものは、今まで生きてきた、そのままの習慣的生活を通じて得ることができるものではありません。
完全に蕩減の道を行かなければならないのです。救いの摂理は、復帰摂理であり、復帰摂理は再創造摂理です。それゆえ、再創造されるためには、堕落する前と同様に、本然の位置、ゼロの位置に帰らなければならないのです。
 そこには、意識もなく、習慣もなく、金氏とか李氏とか、自分の姓もないのです。
そのようなゼロの位置に帰らなければなりません。天の創造本然の基準から見ると、造られたすべての万物は、ゼロから出発したのです。
  ところで、人間が堕落することによって、天国に行く途中、その道に反することが人間世界にあふれているのです。これを切ってしまわなければなりません。
それは言葉ではできません。すべての民族が、サタンの愛を中心として、サタンの生命、サタンの血統と因縁を結んで歩んできた歴史的文化背景の中で、習慣性、あるいは風習が混在しているために、これはそのままでは除去されないのです。
  聖書は、「死なんとする者は生きん」と言いました。歴史的な論理がそれで成立するのです。死のうとしてこそ生きるのです。
自分の生命を投入しなければならないのです。それで、このすべてを洗濯すべきです。
言い換えれば、蕩減して、復帰しなければならないのです。そのような過程が、絶対に必要なのです。
  堕落世界で所有していた習慣性とか、罪悪性が残っている限り、神様と関係を結ぶことはできないのです。(二一三│九七)

2020年5月2日土曜日

『必ず段階的期間が必要です。それゆえ、準備時代、実践時代、成就時代があるのです。  自分の生涯を、時期に合わせて計画し実践していかなければなりません。準備時代には、あらゆる精誠を尽くして準備し、実践時代には、あらゆる精誠を尽くして実践し、成就時代には、あらゆる精誠を尽くして成就しなければなりません。』地上生活と霊界より

第六章 我々と霊界入籍
第三節 霊界入籍

二 霊界に行くときもっていく贈り物
『いくら殺人強盗だとしても、証拠物がないときは、判事でもどうすることもできません。強盗が、「私が殺人をしたのをいつ見たか」と立ち上がれば、どうしようもないのです。しかし、証拠を突き付ければ、微動だにできません。証拠がなければ、証拠を探さなければなりません。賛美歌に「イエス、イエス、信じることは、もらった証拠が多い」という句があります。皆さんは、もらった証拠がありますか。もらったと威張って伝道に出るものの、そのようなものが証拠だと思いますか。そのような証拠をもって何をしますか。伝道して残った人もいなければ、何の関係もないということです。
 皆さんは、天国に行くときに贈り物としてもって行く物がありますか。霊界に行けば、殉教した功臣たちが前にずらりと並んでいるのに、彼らの前に皆さんがもって行ったふろしきを開いて見せることができるでしょうか。大した物でもないのに開いて見せることができるでしょうか。皆さんがどのような苦労をしましたか。それぐらいの苦労をしただけで、どうして国のため、世界のためだと言えるでしょうか。「苦労をするにはしましたが、私は苦労したと思いません」と、それでこそ当然なのです。まだ行くべき道が残っています。霊界に行ってふろしきを解いて、「これは一生の間私が用意した贈り物ですので、お受け取りくださいませ」と言えなければならないのです。女性たちが嫁に行く時は、荷物をしっかりと持って行きながら、天国に行く時は手ぶらで体だけ行くことができますか。
 皆さんは統一教会の信徒として、神様からどんな使命をもらった者たちですか。皆さんは、神様の精兵として、神様の息子、娘として、結婚するようになれば、その家の中の家門を受け継がなければならないのです。そうするために、皆さんは暮らすようになります。独立性を育てなければならないのです。このような高潔な使命が、皆さんにあるのです。それゆえ、先生と毎日生活できず、離れていても、また、神様がいつも皆さんに直接命令しなくても、皆さんは、神様の管理圏で使命を賦与された人たちであるということを忘れてはいけません。
 皆さんは、自身を絶対視しなければなりません。そうして、その絶対的な価値によってなされた成果が万民のものとして、後代の後孫のものとして、天上世界の宝物として、永遠に保障されるという決意をもたなければなりません。これが任命された者の責任です。その責任を果たせなければ、乞食よりもっとかわいそうです。乞食たちは時が来れば、もらってでも御飯を食べますが、責任を果たせない人は、時間に合わせて御飯も食べられないのです。
 このような責任を完遂するのに、神様が「十年間にせよ」と言ったなら、十年間、忠誠と精誠を尽くさなければなりません。歴史を輝かすことができる子女の道を、価値ある道として復帰してくる期間を、どのように短縮させますか。神様が計画した十年という期間を、七年に短縮させるためには、自分の汗が必要であり、自分の血が必要であり、自分の努力が必要であり、自分の苦労が必要なのです。その消耗の代価を通じて、量と質をそこに補充しなくては、国家的で世界的な版図を収拾することはできないのです。統一教会の信徒たちは、このような責任を負って行く人たちにならなければなりません。
 そのような時代が来たのです。既に基礎を築いて、外部工事はみな終わり、これからは装飾をする時代です。内部装飾は、主人の手が必要なため、私がいなければいけないのです。壁などは直接関係がありませんが、直接関係してくる、必要とされるすべての与件を備えるためには、必ず段階的期間が必要です。それゆえ、準備時代、実践時代、成就時代があるのです。
 自分の生涯を、時期に合わせて計画し実践していかなければなりません。準備時代には、あらゆる精誠を尽くして準備し、実践時代には、あらゆる精誠を尽くして実践し、成就時代には、あらゆる精誠を尽くして成就しなければなりません。それでこそ、内部装飾がうまくいくのです。その装飾は誰が見ても、「その精巧さにおいて、精誠を込めた度数がずば抜けている」と言われなければなりません。
 ですから、皆さんはみ旨の世界において、準備時代が来て「準備しなさい」という任命を受ければ、準備しなければいけないのです。その次には、実践時代が来ます。その時は、昼夜を問わず実践をしなければなりません。その次には成就時代が来ますが、その成就時代は希望が宿る時期なのです。(三二七一)』

2020年5月1日金曜日

み言『「統一原理」でサタン分立歴史を習ったでしょう?  何をもって分立するでしょうか。 蕩減の道を通じて分立しなければなりません。  学者も大統領も、例外ではありません。 蕩減の道は、探して行かなければなりません。 蕩減の道は、教えてもらって行く道ではありません。 自分が探して行かなければなりません。 これをしないと、地獄に行くのです。』地上生活と霊界より

第六章 我々と霊界入籍
第二節 審判と公認
 二 天国に行くパスポートを準備せよ
「誰にも最後の日が来ます。
サタン世界で最後の理想世界を立てるためには、あらゆる体験をして、そこに合格しなればいけません。
 天国に行くパスポートをもたなければなりません。
パスポートをもらった個人と家庭と国家がたくさん現れなければなりません。
パスポートをもった国家があってこそ、神様が天地を任せることができるのです。
  パスポートは、サタンを追放するのです。
サタンは来れないというのです。生活の中で、サタンが関係しません。
サタンの干渉を受けないようにするには分立しなければなりません。
個人分立、家庭分立、氏族分立、民族分立、国家分立、世界分立、天宙分立までしなければなりません。
「統一原理」でサタン分立歴史を習ったでしょう?
 何をもって分立するでしょうか。
蕩減の道を通じて分立しなければなりません。
 学者も大統領も、例外ではありません。
蕩減の道は、探して行かなければなりません。
蕩減の道は、教えてもらって行く道ではありません。
自分が探して行かなければなりません。
これをしないと、地獄に行くのです。
地獄の鎖が、皆さんの目に、鼻に、考えに、みな引っ掛かっているという事実を知るべきです。これは脅迫ではありません。
堕落ということを、ひっくり返すために必要なことなのです。
  白い紙に書いてある文を消すのは、どれほど大変ですか。
サタンが書いた文字を消すのは、インクの字を消すよりも難しいのです。
それを消すには一度死んでから生き返らなければなりません。
生きているとは名ばかりで、死んでいるということを知るべきです。
これが残っている限り、サタンが、「私のものだ」と言うのです。それでイエス様は、「死なんとする者は生き、生きんとする者は死なん」と言いました。(一二九│一八三)」

2020年4月29日水曜日

み言『本来堕落しなかったなら、霊界に行った全ての人達が「真の父母」の心情圏を中心として、原理結果主管圏と直接主管圏が一つになった家庭的基盤に愛を中心とした主人や息子の資格を持つのです。これをもたずには、天上界に行けない様になっているのが原理です。 …』地上生活と霊界より

第五節 真の父母の家庭と霊界
  一 霊界の長子権成立  
興進が霊界に行く事によって、地上と天に分かれた天使とアベルが、双子の様に一つに結ばれる様になりました。その一つになった基盤の上に、父母が出動するのです。これが原理観です。 
興進は息子格のアベルですが、その息子は、「真の父母」の愛の原理主管圏の蕩減条件を立てた基盤から霊界に行きました。サタン主管圏から勝利して直接主管圏を成した立場で、霊界に行ったのです。それ故、堕落以後、最初に完成した資格を備えた息子として天上世界に行ったという条件を持っているのです。本来堕落しなかったなら、霊界に行った全ての人達が「真の父母」の心情圏を中心として、原理結果主管圏と直接主管圏が一つになった家庭的基盤に愛を中心とした主人や息子の資格を持つのです。これをもたずには、天上界に行けない様になっているのが原理です。 
イエス様やキリスト教は、今迄その立場を経る事ができずに行った為に、全部中間霊界にいるのです。所で、興進が行く事によって、神様と接ぎ木する事が出来る中心が繰り広げられるのです。また、興進は祝福を受け、自分の相手が地上に残っているので、家庭生活をしてから死んだのと同じ立場に成るのです。それで、興進の家庭を中心として、地上家庭を訪問する事が出来る霊界基盤が設定されます。これが貴いのです。興進の家庭基盤を設定したという事が、最も貴いのです。 
イエス様が死んだとしても、この様な事ができたなら、今日キリスト教はその様に犠牲になりません。しかし、仕方がないと言うのです。何故でしょうか。「真の父母」の心情圏で結果主管圏内のサタンを除去し、直接主管圏内に愛の基盤を備えられなかった為に、イエス様自身があの世に行って再臨しなければならないのです。しかし、興進は再臨する必要がないのです。 
興進は霊界と肉界、二つの世界に暮らしていると言うのです。そうなれば、どんな事が起こるのでしょうか。霊界と地上を双子の様な心情圏として見る時、父母が長子の立場にいるのです。家系の代数で見れば、すなわち縦的に見れば、父母が先立ったのです。興進が二代なのです。下だと言うのです。 
ところが、霊界では反対だと言うのです。地上で先生と興進の出生について見る時、先生は兄の立場にいて、興進は弟の立場にいます。先生がカインの立場にいて、興進がアベルの立場にいるのです。これが霊界に行っては、興進が長子になります。興進が兄の立場にいて、それ以外の全ての霊人達は、弟の立場にいるのです。心情圏を中心として、その様に成るのです。神様の立場から見れば、先生は父なので長男であり、興進は小さい息子に成るのです。 
霊界で見れば、興進が愛の圏を中心として最初に生まれた息子であり、そして霊界にいる人が弟の立場に立つのです。逆さまに成るのです。それで、長子権の心情基準が興進をつかんで入るという結論が出てくるのです。これは原理講義する時、よく説明しなければならないのです。 
今霊界にいる霊人達の前に、イエス様の前にもそうであり、全ての善の聖者たちの前にもそうですが、心情圏を中心として誰が長子として先に生まれたかといえば、興進だと言うのです。ですから、心情圏を中心としては、興進が長子であり、他の霊人は次に生まれる次子だという事です。 
それ故、興進が、長子権の福を次子圏に相続してやる事が出来るのです。サタンは、相続してやるまいとしたのです。サタンは、相続をしてやらず、自分が強奪するのに、長子の興進は、地上に行っていた福を全部残してくれると言うのです。ですから、つながります。今迄サタン世界は、全部残してやるまいとするのに、興進は絶えず残してやろうとするのです。(一三一―五二)